大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(ネ)2167号 判決

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 横堀晃夫

被控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 櫻井清

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人とを離婚する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、原判決事実摘示(ただし、原判決添付訴状写一枚目裏四行目「昭和二四年八月二日」を「昭和一九年四月四日」と改める。)並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

《証拠省略》をあわせると、次のとおり認めることができる。

控訴人と被控訴人とは昭和一八年一二月に結婚式をあげて同棲し、昭和一九年四月四日に婚姻届出をし、同一九年九月二四日に長男一郎が、同二一年一二月三日に長女春子が、同二四年七月二五日に二女夏子が出生した。しかし、控訴人は、婚姻当初本籍地である栃木県塩谷郡《番地省略》において父甲野松太郎とともに製縄工場を経営しているうち、同工場従業員の乙山竹子(大正一一年一二月二一日生)と懇ろになってから次第に被控訴人との家庭生活をかえりみなくなり、被控訴人が二女夏子を出産した昭和二四年七月以降はたまに家に帰る程度で疎遠となり、同二五年五月に控訴人の母甲野マツが死亡してからは被控訴人及び子らのもとへ寄ることも絶えてなくなり、ついに同二六年頃乙山竹子と世帯を持ち、その後右の製縄工場を閉鎖して宇都宮市に移住し、以来事務員、保険外務員などを遍歴し、同三二年頃から同市《番地省略》の住所地において丙店を経営して現在に至っているが、その間乙山竹子との間に梅夫(同二九年一一月一日生)をもうけ、同三五年一二月二六日に同人を認知し、同四三年六月六日に同人の親権者乙山竹子が梅夫につき父の氏を称する入籍届出をしたことにより、同人が控訴人を戸籍筆頭者とする控訴人及び被控訴人の夫婦の戸籍に入籍して甲野姓を名乗り、長じて地方公務員となって現在控訴人及び乙山竹子と同居している。控訴人が右のように乙山竹子と世帯を構えていらい三二年に及んでいるが、他方被控訴人は、控訴人が出奔した後も婚家にとどまり、控訴人の負担すべき婚姻から生ずる費用、子らの扶養等につき何ら協力扶助が得られないまま、舅である甲野松太郎に仕え、一郎ら三人の子女の哺育、監護、教育に努め、美容業に孜々と励み、もっぱらその尽瘁により長男一郎は横浜で家庭を持ち、長女春子は美容師となって被控訴人の美容院経営に従事し、二女夏子は別居して自活するまでになっているし、右甲野松太郎も亦その嫁である被控訴人が二七歳時いらい一郎ら三人の子女の育成にすべてをかけて空閨を守り、一家を支えてきた尽瘁ぶりを掬んでその所有にかかる宅地建物を一郎名義に贈与し、畑地三反二畝を売却するなどしてこれに報いるところがあって、被控訴人は美容院を開設し、娘婿甲野春夫夫妻と同居してようやく生活の安定を保持するにいたった。ところで、控訴人は、三二年に亘って事実上の夫婦関係にある乙山竹子と晴れて法律上の夫婦となる宿望を果さんものと、昭和二九年、同三五年、同四四年の三回にわたって被控訴人を相手方として離婚の調停の申立に及んだが、被控訴人が応じてくれなかったため、いずれも不調に終ったにもかかわらず、ひたすら被控訴人との離婚を切望していまや憔悴の状にある。これに対し、被控訴人は、控訴人の三十有余年に及ぶ不実不貞により償うことのできない損失をこうむっているにもかかわらず、控訴人が被控訴人の三十余年の右尽瘁に報いるに足りる方途を用意することもなく、ただ右不実不貞をもって構築した既成事実を楯にして一途に被控訴人との婚姻解消を求めるだけに終始している生きざまにますます忿懣を募らせ、控訴人の右要求を凛然と拒んでいる。

かように認めることができる。右の認定事実によれば、控訴人及び被控訴人の夫婦関係において控訴人に不貞な行為及び悪意の遺棄の所為があるうえに、右の不貞及び遺棄の行為が昭和二五年頃から三〇年以上継続維持されたことによって、控訴人と被控訴人との婚姻関係は破綻して、もはや向後修復しうる見込みがない事態に陥っていることが明らかであるから、民法七七〇条一項五号を離婚原因とする控訴人の離婚請求は、いわゆる有責配偶者からの離婚請求というべきである。

控訴人は、控訴人と被控訴人との婚姻関係は三〇年前の控訴人の不貞行為と悪意の遺棄により破綻するにいたったが、三〇年の歳月の経過は、有責配偶者たる控訴人の厚顔無恥な行為を風化させ、もはや形骸化した戸籍上の夫婦が残っているに過ぎない状況であり、控訴人自身に積極財産のみるべきものがなく、被控訴人及び一郎ら三人の子において将来相続による利益を失う虞もないし、被控訴人とてすでに控訴人との夫婦関係の修復を望む気持など一片もなく、ただ意地を通し、控訴人に対し精神的報復を継続しているだけのことであるから、いわゆる有責配偶者であるとはいえ、控訴人の離婚請求は民法七七〇条一項五号を離婚原因とするものとして、これを認容すべきである旨主張する。

しかしながら、控訴人と被控訴人との婚姻関係の破綻の原因は挙げて控訴人の責に帰すべきものであること、及び控訴人の離婚請求は理不尽なものであるとして、被控訴人に離婚の意思が全く無いことは前判示のとおりであるから、控訴人の被控訴人に対する離婚請求はいわゆる有責配偶者からの離婚請求として棄却すべきである。控訴人の右主張は理由がなく、採用することができない。

よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川幹郎 裁判官 上野精 菅英昇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例